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願いごとはひとつ

振り返ると確かな足跡がある

私のヲタク遍歴


1発目、何書こうかなーと思った時に。
自担の好きなところを書こうかなーとも思ったのだけど、なんだかうまーく説明できなかったり。


以前お友達に<何をしている担当が一番好きか>と問われました。私の仲間内はとても強火な方々が多くてみんなさらさらと答えていく中、悩んだ挙句出した私の答えは
≪舞台でスポットライトを浴びている時≫
≪歌っている時≫
この2つでした。


そしてまた最近<どんな薮くんが好きか>
こんな話題にもなりました。
話の流れとしては1人の友人はスーツ姿や耳掛けのかっこいい薮くんが好き、もう1人の友人は迷子ギャグなどのふにゃっとしたかわいい薮くんが好き。
さああなたはどっち?


こんな流れです。


≪どっちも好き≫というのが私の答えでして、はっきりしなかったのでその場は濁して答えたつもりです。(濁せていたかは不明)


なんで答えられなかったのか、どうしてステージに立つ薮くんが好きなのか。
それを明らかにするには私のややこしいヲタク遍歴を振り返る必要がある。というかその背景がないといろいろと語りにくい。
ということで前置きは長くなりましたが振り返ってみることにしました。




私がこの世界に片足を踏み込んだのは2006年、高校一年生の時です。
中学生の頃はごくせんのかなり流行った時期で、クラスにも赤亀好きがいましたが当時はジャニーズなんて全く興味なし。
でも興味を持つきっかけになったのは野ブタ。の亀ではなく、弟役の裕翔でした。


「あの子可愛い!!!!」


タッキーが好きな母と中途半端に興味を持ち、新聞で少クラを見つけた母と共に初めて視聴。


その時に私は山下翔央を発見しました。


別に特別顔が好みなわけでもなかったし、飛び抜けたビジュアルでもなく。
むしろ最初に目に入ってきたのはやぶひかで、金八の子達こんなに大きくなってるよ…という。
なんで翔央が担当になったかはよくわからないし、当時の私は頭がおかしかったのか、翔央を見た時に


「この人、なんだか戸田恵梨香に似てる」
(全然似てないし今思うとバカ)


そんな興味からその回をずーーーーっと見続けてたら翔央のことが好きになってました。


そこから1年はひたすら動画漁りと定期的な少クラチェック。Ya-Ya-yahはとっても推されていたのでハイペースで新曲は当たるしたくさん映るし、当時北海道では放送されていなかったYa-Ya-yah(番組)も2007年夏には富良野美瑛スペシャルを機に放映開始。
見れば見るほど好きになって。翔央はナルシストだけどおそらく優しいし、変にいばらなし何よりもダンスがとっても上手で。4人の掛け合いも微笑ましくて、メンバーみんなが大好きで。
やぶひかとは立ち位置が違ったけど別に気にならなかったし、フロントはその2人が当たり前と思っていたしなんの不満もなくて。
すべてが順調でとってもとっても楽しかった。


でも2007年9月。
Jr.コンのレポを追っていると≪Ya-Ya-yah≫というグループ名の紹介がなく、メンバーはみんな名前での紹介だという情報。みんながざわざわしているうちにJUMP結成のお知らせが。
(当時は悪夢でしかなかったので記憶がとても薄いのだけど、webかどこかで先にお知らせが出てたような記憶…)


やぶひかはJUMP、翔央と太陽は呼ばれず。
というか昭和生まれの翔央はどう頑張っても平成グループに入れるはずもなく。


Yaはどうなるのか。


その時はそれしか頭になくて。
JUMPとYaの兼任に違いない、あんなに推されてたのに解散なんてありえない。
そんな淡い期待を持っていたけど、それ以降の収録でYa表記はなく、その後太陽は退所。


どん底で、いっぱい泣いて。
落ち着いたと思ったらまた泣いての繰り返し。


それでも翔央は1人でYaの衣装を着続けてるし頑張ってるし、私も負けないで応援してあげたいと思った。エビに混ぜられてファンからめっちゃ文句言われても、サマリーでJUMPのバックにつくという仕打ちに合っても。
与えてもらった百識や舞台フルハウス、ロミジュリ。なんかちょっと笑いに走りだしてキャラ変したけどもでも頑張ってた。


JUMPに対しても大好きなメンバーのやぶひかが崩されなかっただけまだマシ、2人のことも応援しなきゃって思ってテレビとか雑誌とかは頑張って追いかけてた。
少クラで誓いの空を聞いた時は、これは薮くんの決意の歌じゃないか。翔央へのエールじゃないか。そんな感想を持ち1人で泣きました。


でもついに翔央も退所。
JUMPも旧7推しがすごくて。まとめられないからやぶひか投入しといてなにそれ?と。
(多少時系列前後してる気もするけども気にしない)


私的なとどめはシャドボのMステ。
スクティ組が歌った後、幕の中から他メン登場。バック扱い。衣装も違う。


本当に本当に耐えきれなくて。許せなくて。
いくらやぶひかがいても、頑張っててもJUMPっていうグループは見ていられなくて。
応援できないなと思ってテレビ追うのもやめました。


ただ、やぶひかは完全に諦められないからYY JUMPingとか任ヘル、オルトロスはチェックしてました。
でも大学も部活も忙しくなってきて、自然とフェードアウト。



この辺りで一度ヲタ卒をしました。






そんなこんなで一度卒業した私がJUMP担として戻ってきたのは2012年。最近(笑)
折鶴の全国ツアーで北海道に来る!
大学4年だった私は実習も統合実習以外は全て終了、就職もそのまま大学に残るつもりだったから面接さえ受ければ内定決まったようなものでした。


時とは残酷なもので、あんなに憎かったJUMPのコンサート、行こうかなあ…という気持ちになりました。やぶひかに会ってみたい。その一心。

「いつかは来てくれる、いつかは会える」


そんな期待はしてはいけなくて、行ける時に行かないと後悔するということをとてもわかっていたのでFCに入り、リア友を誘い申し込むことにしました。



そしてその時、担当という壁にぶちあたりました。




私は誰の団扇を持つべきか




やぶひかのどちらかということは決まっていたのだけど、迷いました。


そしてデビュー当時を振り返りました。
当時の雑誌、あんなに笑顔の素敵な薮くんはうまく笑えていなかったように思えました。そして詳しくは雑誌をひっぱってこなければわからないのだけど(この辺が雑。性格出るね)、過去も大切なんだよってメッセージを発してくれていた記憶。

光くんは笑えているように見えたし、過去の話題にはほとんど触れていなかったように思いました。
⇧その時の私の印象ですが


どちらが正しいとかではないし今思えば2人とも同じ立場で、同じ気持ちだったかと思うのだけど、当時私が求めていた反応は薮くんがくれていて。



そんなことを考えて薮くんの団扇を持つことに。
そこからはやぶひかが好きすぎて出戻り、嫌だったJUMPも見れるようになってきて、だんだん好きになれてきて。今に至ります。


胸を張って<私は薮担、JUMP担です>って言えるようになるにはちょっとだけ時間が必要だったけれど。


JUMPに戻ってきたおかげで薮くんが好きで好きでしょうがなくなったし、大好きなお友達もたくさんできて。幸せ。



最後なんだか雑になってしまったけども、私のヲタク遍歴はこんな感じです。


過去のことに関してはかなりフィルターがかかって、痛い感じになっているけども、これがその時の感情なのでごめんなさいということで。